10代が主体的にコロナの事を考える余地はあるか

学校再開の映像で得た違和感

コロナ、コロナ、コロナ、コロナ。

もういい加減聞き飽きてきたコロナという名詞は僕達の社会に大きな影響を与えています。

子供達は学校で距離を離され、「濃厚接触」という言葉で友達同士の触れ合いを制限され、遊び場へ行けず、まして、新しい交流の場を求める事など許されない状況にいます。

子供の重症化、死亡の割合は幾つかのデータを見る限り、大人全体、まして高齢者のそれと比べると極端に低い傾向があるようです。

その子供達が行動を制限されまくる今の現状に違和感を感じています。

大人が重症化する病気が流行るから、子供の行動に制限が掛かる事に対する違和感です。

子供達の経験は、経済とは比べ物にならないほどの人類全体の財産である筈です。

経済の為ではなく、子供達の経験の為の規制緩和を希望します。

選択の自由

物凄く不謹慎な話をします。

これは今、世界全体が向いている方向とはまるで違う話です。

僕達は自由で、感染症に対する考えや行動も自由なのではないか、という視点の議論を一度も目にした事がありません。

実際そうするかどうかではなく、議論を見た事がないのです。

もし議論になっても非常識不謹慎という言葉で一方的に終了してしまいそうな気がしてなりません。

若者には「今」やりたい事があるのではないでしょうか。若者達のエネルギーを原動力に今まで動いてきたエンターテイメントや服飾のビジネスもあったはずです。

僕達大人が病気が怖いから、彼らの行動を抑圧する事に違和感を感じます。

是等は若者自身、若者同士で認識、思考、議論されるべき問題だと考えています。

是等の事をトップダウンで指示して、従わせる事が僕達が今まで培ってきた「自由」なのでしょうか。

子供に関しても同じです。リスクを説明する事、現象について伝え「学校に行きたい?」「友達と遊びたい?」と問いかける事を今、僕達はどれ程出来ているのでしょうか。

彼ら、子供や若年層と共に考え、結論を出す労力をきちんと割いている大人がどれ程いるのでしょうか。

彼らにも主権はあるのに、頭ごなしに、この状況の対応、政府や世間の雰囲気が決めた事を疑いなしに彼らに押し付けてはいないだろうか、という疑問が湧いてくるのです。

子供も世界に生きる主権者

少しショッキングな言い方を敢えてしました。

これが本題です。

子供達と共に考えてください。

若者に「自粛」という言葉で「指示」を出すのではなく、情報と思考と議論の余地を与えてください。

彼等は自由であり、経済よりも彼等の思考、極端な事を言えば僕の命よりも彼等が、この状況を主体的に考えるチャンスの方が大切だと思っています。

10代の方々、どうか世間の空気ではなく、自身で情報を集めて、自身で考えてみてください。

WHOや厚生労働省、各国、もしくは国際機関が沢山の情報を出しています。

テレビやSNSはショッキングで不安を煽る方が多くを獲得できる仕組みで成り立っています。

だからこそ、10代の方々には自分で信頼できるソースに情報を取りにいき、それを自分なりに考える事が重要だと考えています。

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